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もう一度読みたい【エッセイ・自分たち探し】
 フリージャーナリスト 國米 家己三さんのシリーズエッセイ



そして、だれも日本の国家像を描けない


 もう20年以上も前のことです。日比谷公会堂で、「日米学生集会」が開かれました。客席側にアメリカの高校生数百人。ステージに日本の大学生が50人ばかり。
客席から、ひとり高校生が立ち上がって質問しました。
「卒業したら、みなさんはどんな職業で働くのですか」
ところが日本の大学生の大部分が、自分の将来の進路を明確に答えられなかった。唖然とした先ほどの高校生は「アメリカでは進路が決まらないと大学には入らない。決まるまで社会で働きます」と噛みつくように話していました。
今ごろ、なぜ、こんな話を思い出したかというと、8月の総選挙で各党が出したマニフェストに「この国の将来ビジョンがない」「国家の大戦略がない」などとメディアや評論家が批判していたからです。すべての党が日本の将来像を描くことなく目の前の政策だけを列挙するマニフェスト提示に終わっていました。この国では学生という個人も、政党という集団も、みな将来設計の決断を先送りする傾向があるのです。
21世紀のスタートを翌年に控えた2000年1月、当時の小渕首相にある報告書が提出されました。題して「日本のフロンティアは日本の中にある」。提出者は「21世紀日本の構想」懇談会。この会には著名な大学教授や作家、ジャーナリスト、それに宇宙飛行士ら49人が参加し10ヵ月間に合宿も含めて44回の討議をかさねた結果の報告書でした。で、その内容は「義務教育に週3日制の導入」「和英両語の公文書の義務化」「上限なしで多数の法曹人育成」など。国家も100年の計を論議したにしては、ちょっとお粗末過ぎる。本文中、なんどか「日本の巨大な潜在力」という言葉が出てきますが、その潜在力がどこからくるのか、なぜ巨大なのかの説明はまったくない。報告書を受け取った首相は数カ月後急逝しますが、以後この報告書を話題にする人はだれもいません。要するに、政府や政党に国家像がないと批判する文化人たちにしてからが、この有り様です。
そもそも日本では、明治以来、国家像が語られ、どんな国家をつくるのかという大構想が国民に示されたことはなかったように思います。「西欧列強に伍する」「富国強兵」「脱亜入欧」―。みなこれ政策、戦術に過ぎません。その先にどんなな国をつくるのかが、ない。同様に太平洋戦争後も「所得倍増」「国際化の推進」などが叫ばれました。が、これらも政策レベルのテーマ。「平和国家の建設」すら、戦争のない国にするというだけで、平和のなかで何をつくり出すかは問われていない。
では、なぜ、こうもみんなが国のビジョンを描けないのか。むろん、これには理由があると思います。まず第一に、私たち日本人は「神は細部に宿る」などという言葉が好きで、仕事は緻密、暮らしも几帳面。ナノ・テクノロジーは世界一といっていいでしょう。しかし、それだからこそ視野が狭く、大局観に乏しい。今回の総選挙でも「世界のなかの日本」という大きな視点で語られる演説はほとんどありませんでした。
第二に、なにごともすぐ西欧に範を求める習性がある。明治から「列強に伍する」「追いつけ追い越せ」が合言葉でした。今年2009年、GDP(国内総生産)で中国が日本を抜くという予測があり、早速、ある新聞が「40年前、日本に抜かれた世界第2位の経済大国から3位に落ちたドイツに学ぼう」と書いていました。
なにより肝心なのは、自分たち日本人自身を徹底的に、容赦なく分析し考察すること。自分たちを徹頭徹尾、洞察し理解し捕捉すれば、日本の未来像は自然に出てくるものです。自分たちがすべての「起点」であり「基点」にほかならないからです。